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2015/07/05

■ 小荒間の話題2

 2015年7月5日(日)、今日も梅雨の天気が続いている。でも朝の散歩では傘をさす必要がなかったので助かった。

 昨日に続いて「・・・小荒間高原を歩く」の小冊子から水害の話題を紹介する。

 「八ヶ岳山麓は1485年から20年~80年周期で水害があったと記録が残っています。近世になっても、小荒間の大水害は昭和18年、23年、30年と続きました。いずれもJR小海線の高川鉄橋と下流の高川橋を押し流し、三分一湧水を土砂で埋め尽くし、さらに下流の田畑を荒らしていったのです」とある。

 その高川橋から見た高川鉄橋がこれ。一両編成の小海線の車両が通っていった。

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 我が家の近くで、ほんの50年前までこんな大きな水害が立て続きにあったとは初めて知った。最近は集中豪雨が多くなっているので少し怖い。

 三分一湧水公園の中には、昭和18年の山津波で押し上げられた大きな石が「大荒れの碑」として置いてある。

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 横の碑文にはその時の説明書きがある。

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 更にこの本には、「江戸時代から山津波を押出し(おんだし)と言って恐れていた村人は、治水に霊験あらたかな磐船地蔵尊(いわふねじぞうそん)を下野国(栃木県)から勧請して一基の石碑を建てました」とある。高川橋近くの畑の側にあるその石碑がこれだ。

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 昭和62年、この石碑が高川の西の桑畑に倒れていたものを発見した当時の区長さんが、もとの場所に建て直したそうだ。

 自然災害が少ないと思っていた八ヶ岳南麓にも、大きな水害の歴史があったのだ。

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